2016.03.08 Tuesday

国連女性差別撤廃委員会による性的同意年齢・結婚可能年齢引き上げ論の問題点

 世界でも日本でも、18歳未満同士の恋愛による妊娠・出産・デキ婚は毎年一定数発生しています。これは法律上の性的同意年齢や結婚可能年齢が高い国でも同様で、条文に同年代の恋愛やデキ婚を例外とする規定を付けるなどの配慮が行われています。
婚姻適齢は日本のように男女で異なる年齢を設定している国・地域もあるため、男女それぞれの年齢を対象とした。諸外国では、成人年齢と親の同意なしに婚姻できる年齢を原則一致させ、親の同意や裁判所の許可等の条件を付して例外的に適齢の引下げを認める国が多いが、その場合は、その条件について注記した。
……
現在、我が国の婚姻適齢は、男性18歳、女性16歳である。ただし、未成年者の婚姻は父母の同意を必要とする。
(2008.12 「主要国の各種法定年齢」 国立国会図書館調査及び立法考査局)
高校生が妊娠してしまい、学校のトイレで出産したり、自殺してしまったりというニュースをたまに目にします。こうした問題は当然日本のものだけでなく、さまざまな国で社会問題として議論されています。
イギリス、王立内科医協会のジョン・アシュトン教授は、「結婚年齢を15歳に下げることで、こうした問題を軽減することができるのではないか」と提言しました。首相は到底採用できないと否定しているようですが、新聞やニュースでは広く取り上げられています。
イギリスでは、結婚できる年齢は「16歳」と法律で定められています。しかし、実際にはもっと早くから性交渉を経験するティーンエイジャーも少なくないようです。こうした子供たちは、妊娠や性に関する問題を抱えていても、病院や大人に相談しにくいのが現状です。
(2013.11.30 マイナビウーマン Telegraph

 現行の日本の法令は、刑法の性的同意年齢は13歳ですが、児童売春禁止法や児童福祉法があり、さらに青少年条例により18歳未満への性行為は犯罪とされているので、性的同意年齢が18歳の国と法律運用状況に大きな違いはなく、同年代の恋愛による性行為についてはむしろ欧米より厳罰化される傾向があります。
神奈川県厚木市在住の県立定時制高校4年の男子生徒(19)が、高校2年の女子生徒(17)と自宅で淫らな行為をしたとして、県青少年保護育成条例違反の疑いで県警に逮捕されたことが波紋を呼んでいる。
2人は遊び仲間で深夜に外で食事をした後、男子生徒の自宅に移動し、酒を飲んだりDVDなどを見ていたが、午前4時ごろにムラムラときて、合意の上で性行為に及び、女子生徒が帰宅した後、友達とセックスしたことを話しているのを父親が聞いてしまい激怒、警察に通報、男子生徒だけが逮捕された。
(2012.04.19 livedoorネットリサーチニュース 中山裕)

 もともと他国より学生出産に厳しい日本では、性教育で具体的な避妊方法は教えないのに、妊娠が発覚したら学校を中退させられるような、実質的な中絶強要が横行しているのが現状です。未成年であっても中絶や出産は本人が選択するべき権利で、選択を誘導するような学校や自治体の制度は改善していく必要があります。しかし制度だけでなく、教師による「指導」など周囲の圧力、危険性を誇張したデマ情報による洗脳などで、実質的な中絶強要や出産強要が行われる場合も多く、意識を変えるには時間がかかります。
 もし性的同意年齢と結婚可能年齢を引き上げる法改正を行う場合には、他国のように同年代の恋愛やデキ婚を例外とする規定などを考慮しないと、性交が発覚した生徒を自動的に退学させる学校の増加や、娘と同年代の恋愛相手を強姦・強制わいせつ犯扱いするような虐待親による中絶強要などの暴走にもつながりやすく、日本の青少年の人権をめぐる状況はかえって悪化しそうです。現行の青少年条例の仕組みでは、性的同意年齢と結婚可能年齢は青少年の人権を守るための歯止めにもなっているのです。
中絶実施率は20代、30代で高いのですが、十代の妊娠は、総数が少ないです。20歳未満の妊娠では、約6割が人工中絶に至っているようです。
(2013.08.25 うさうさメモ (未成年の)妊娠・中絶、資料編)
岩手県には岩手県教育委員会の制定する『岩手県立高等学校の管理運営に関する規則』という規則がある。この規則の中には下の通り懲戒処分に関する条項もある。
……
性的暴行という犯罪行為を懲戒処分対象とすることは理解できる。しかし、果たして《妊娠》という事態を《性的暴行》と同列に並べて懲戒処分対象とすることは適切なのだろうか。確かに「内容による」との附則はあるが、それでもやはり違和感はぬぐえない。
(2015.03.12 Here, There 高校生の妊娠は懲戒対象であるべきか)

 国連自由権規約委員会から日本への性交同意年齢引き上げ勧告に続き、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)も、性的同意年齢・結婚可能年齢の引き上げを日本に勧告しているようです。しかし、自民党内で以前から性的同意年齢引き上げを主張してる禁欲系宗教議員は、人権保護ではなく、青少年の恋愛・性行為の厳罰化を目的としています。ですから、自民党が多数の国会で性的同意年齢・結婚可能年齢引き上げが立法されると、同年代の恋愛やデキ婚を例外とする規定などが考慮されないまま、毒親側の視点で法改正されてしまう危険性が大きいのです。
〔自由権規約委員会による最終見解〕 ○平成26年7月(外務省ホームページ上の仮訳)
10.委員会の前回の勧告(注)に沿って,締約国は,第3次男女共同参画基本計画によって策定されたように,職権による強姦及び他の性的暴力の犯罪を訴追し,一日も早く性交同意年齢を引き上げ,強姦罪の構成要件を見直すための具体的行動をとるべきである。
(平成27年10月9日 法制審議会第175回会議 資料「国連の各委員会による 性犯罪の罰則等に関する最終見解」)
女性に対する暴力
22.委員会は、法務省が、(a)男性器の女性器への挿入にのみ適用される強姦罪の狭い定義、(b)性犯罪の低い罰則の引上げ、(c)配偶者強姦を明示的に犯罪化する法的規定の採用、(d)性犯罪の職権による起訴の導入を含む様々な課題に対処するために、刑法を見直す検討会を設置したことに留意する。委員会は、しかしながら、刑法を見直す法務省の検討会が、配偶者強姦を明示的に犯罪化する必要があるとは考えなかったことを懸念する。性交同意年齢が13歳のままであること、法定強姦の法定刑の下限がわずか3年の懲役であることも懸念する。
(2016.03.07 CEDAW 第7回及び第8回報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解)
○赤枝委員〔衆議院議員 赤枝恒雄 自民党 比例東京〕
 私は、昔、石原都知事がいるときに、呼ばれたときに、一緒に、中学生のセックス禁止令、それから漫画本の禁止というのをやっていたわけですが、そのころから、法整備ができないものかと思って、ここに、資料二ページ目、性の自己決定権、この性の自己決定権は、別の表現をすると、性的同意年齢とも言われるわけです。
 これは、見ていただければ、日本は十三歳になっているわけです。つまり、十三歳まではセックスしちゃいけないよ、同意の上でもいけないよ、それはレイプだよということです、これは刑法ですから。
……
 そこで、大臣にはきょうはお聞きしないんですが、一応、きょうは法務省の方から来ていただいているので、性の自己決定権を十三歳から十六歳に引き上げるということについてはどうお考えでしょうかという、その辺のまず御感想からお聞かせ願いたいと思います。
(平成26年4月3日 第186回国会 青少年問題に関する特別委員会 第3号)

 現行法で性的同意年齢(13歳)未満同士の恋愛が強姦罪や強制わいせつ罪で摘発されないのは、刑事責任年齢が14歳と規定されているからですが、性的同意年齢が引き上げられると法律上「性的な判断能力はないが刑事責任はある」年齢の矛盾が生じます。
 強姦罪の性的同意年齢引き上げを含む性犯罪の罰則について議論されている法務省「性犯罪の罰則に関する検討会」でも、青少年の人権を守るため同意年齢引き上げに反対する意見が複数の委員から出ていました。ところが自民党側の禁欲系宗教議員はその後も法律上の問題点を無視して青少年の恋愛厳罰化を主張し続けています。
○佐伯委員
「〔性交同意〕年齢を引き上げると性交だけでなくわいせつ行為についても同じように処罰されることになってしまいます。14歳の子供同士でキスをしても強制わいせつ罪で処罰することになってしまうのですが,それは私には過剰な処罰のように思えますし,それを犯罪事実として家裁に送致されることも適当ではないのではないかと考えます。」
(平成27年2月12日 性犯罪の罰則に関する検討会第6回会議 議事録)
なお,「性交同意年齢」という用語に関連して,
○ 国際的に,我が国のいわゆる「性交同意年齢」が低すぎると指摘されるのは,我が国では,13歳以上の者は,自由意思で性交に同意できるとされているかのような誤解があるのではないか。確かに,我が国の刑法においては,13歳未満の者に対する性交等が,暴行・脅迫を用いなくても,強姦罪等と同様に扱われるものとされており,13歳以上については,同意があれば強姦罪等が成立しないことになっている。しかし,我が国では,これ以外にも,児童福祉の観点から,児童福祉法や各都道府県の条例などにより,13歳以上18歳未満の者に対する性的な行為についても,同意の有無に関わらず処罰する規定が置かれており,適用事例も数多くある。このような我が国の法体系全体をみれば,18歳未満の児童についても保護が図られており,前述の国際的な指摘は心外である。このようなことからすると,刑法第177条後段における13歳未満の者についての罪は,「法定強姦」とでも呼ぶべきもので,これを「性交同意年齢」と呼ぶことは適切ではないと思われる。
との意見が複数述べられた。
(平成27年8月6日 法務省 「性犯罪の罰則に関する検討会」取りまとめ報告書)

 以前から国連報告の中には結婚可能年齢の男女同一化要求はあったので、政府も他国の法律日本の世論を調査していたようですが、肝心の「いま日本で学生の交際や妊娠が、青少年条例や校則でどう処罰されているのか」「結婚可能年齢を引き上げると青少年条例や校則にどういう影響が出て、学生の交際や妊娠がどう処罰されるのか」が調査されているようには見えません。たとえば文部科学省の高校中退理由調査では、中退理由の選択肢に妊娠・出産等の項目はありません
委員会は締約国に対し、次回の定期報告において、以下の講じた措置に関する追加的情報を提供するよう、勧告する:
1) 男女共に婚姻適齢を18歳に設定すること
(平成25年9月3日 女子差別撤廃条約 最終見解に対する日本政府コメントに係る追加的情報提供についての委員会の見解)
 乾彰夫・首都大学東京教授の論稿「高校中退調査からみえてきたもの」(2012/9前衛)の備忘録。
……
C翅猴由/「進級できない」が最後の一押しに
 ・「欠席など進級できそうになかった」55%、「校則校風があわなかった」「勉強がわからなかった」「人間関係がうまくいかなかった」50%前後 /多くの理由が重複しながら「進級できない」が決定打と思われる。
 ・「経済的な余裕がなかった」16%、
 ・「妊娠」4%、女性だけだと7%。/妊娠と回答した人は、他の理由との重複がない。
 →「妊娠」はそれ1つだけで中退理由となる /妊娠・出産しても高校を続けられる体制がない。
(2012.09.03 土佐のまつりごと)
妊娠が発覚したりテストを受けることを拒否した場合は、転校、またはホームスタディ・プログラムへと変更し、教室での授業出席は不可となる。
しかし米国市民自由連盟(ACLU)は、教育を受ける権利はすべての市民に認められており、これは性差別であるとともに法律にも違反していると主張、同規則の廃止を求めている。
この学校規則が導入された背景には、10代で出産した母親とそうでない母親との間の教育レベルの差が非常に大きいことにある。ルイジアナ州は米国で6番目に10代での出産が多い。2010年では、18歳未満で母親になった女性が高校を卒業するのはわずか38%だった。
ACLUは70%の10代の母親が高校を中退するが、これは学校側が妊娠した生徒を強制的に追い出していることに原因すると批判。
(2012.08.09 IRORIO 花園維摩 Huff Post

 国連側に日本の状況が想像しにくいのは、日本の宗教議員や禁欲主義団体の青少年政策に欧米宗教と大きな違いがあるのも原因でしょう。欧米のキリスト教原理主義的「中絶禁止・養子拡大」を主張している野田聖子のような宗教議員や、人権団体を自称する禁欲主義系宗教団体の顧問弁護士を務める警察OBが、男女生徒の関係性や人権を無視して、同年代学生同士の恋愛をすべて「性的逸脱行動」と決めつけ、性知識から隔離して性交厳罰化(実質的な中絶強要)する青少年条例の草案に関わっていた日本の状況は、欧米宗教より悪質かもしれません。
 これは唐突な陰謀論ではなく、過去の青少年条例への意見などでも、宗教右派議員たちは条例の趣旨をはきちがえ、青少年同士の恋愛・性行為について(性教育の後退につながる)極端な厳罰化を主張し、性科学の専門家と対立していました。そして、人権団体を自称する禁欲主義系宗教団体の顧問弁護士を務める警察OBが、宗教右派議員による青少年性交厳罰論に同調した青少年条例が、公立学校の妊娠厳罰化(実質的な中絶強要)につながったことは、国連女性差別撤廃委員会に知られていないのでしょう。青少年条例の経緯を知っている人たちなら、性的同意年齢・結婚可能年齢引き上げ論にも安易には同調できない、改正案には要注意だと考えるはずです。
 今は理屈じゃなく、ありとあらゆる手立てを使って、去年より1人でも子どもを増やす努力をしなければいけない。私は、思い切って母体保護法に手をつける、つまり中絶禁止までコミットしてもいいぐらいの気持ちです。
(2010.02.15 自民党・野田聖子衆院議員インタビュー 日経ビジネスオンライン)
青少年を保護する立場から「中学生までは性交をすべきでない」という大人の思いが伝わるよう、条例等に〔中学生のセックスを禁止する〕規定をするべきという意見が〔赤枝医師など〕多数の委員からあった。
これに対して条例等による規制を行うことについては、〔妊娠などの問題を周囲に相談できなくなり〕逆効果であるという〔池上千寿子などの〕意見や、あるいは、一定の理解を示しつつも規定の方法によっては「禁止事項故に〔性教育の授業を省略する口実にされて〕子どもたちに対する性教育が後退する」ということも懸念され、慎重な対応が必要であるという〔岩室紳也医師などの〕意見があった。
(2004 東京都「青少年の性行動について考える委員会」意見のまとめ)
〔※翌年から「東京都青少年の健全な育成に関する条例」に淫行処罰規定が加えられた〕

 国連女性差別撤廃委員会の報告は他の論点でも問題点が多く指摘されていますが、宗教系などの団体が日本の現状を国連に正しく伝えていないのと、日本政府も宗教系議員に都合の悪い統計など現行法の実態を国連に伝えない傾向があることが主な原因のようです。このため、国連女性差別撤廃委員会の目的に反し、報告内容の中から宗教系議員に都合のいい部分だけ政策に悪用され、かえって女性の人権が後退する結果につながっています。もし国連が日本の青少年条例の現状を把握できていれば、性的同意年齢・結婚可能年齢の引き上げを求めるのではなく、非人道的な青少年条例や校則の改善が求められるはずです。
 実在しない人物を描いた表現の規制にばかりこだわり女性作家を蔑視している宗教系団体は、日本の現状を国連に伝える役割を果たしておらず、国連女性差別撤廃委員会の目的を理解しているとは思えません。
第一条
 この条約の適用上、「女子に対する差別」とは、性に基づく区別、排除又は制限であつて、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。
(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)
女性の権利を保障するという目的が正しいとしても、そのための「性的暴力を描写したビデオや漫画の販売の禁止」という手段は妥当であるとはいえません。
架空の性的暴力を取り締まれば何かを成し遂げた気がするかもしれません。しかし、架空の人権侵害に対処する間にも、実際には実在する女性への人権侵害が放置されるままとなります。
そして、日本の漫画というメディアが、性的搾取を主題にする作品が存在し得る程の多様な表現ができる創作分野として発展できたのは、漫画の表現に「清濁併せ呑む」一面があったからです。人間と人間の生き死にする世界を清濁が入り交じっているととらえ、それを率直に表現する自由があったからです。
漫画の創作に関わる分野は、日本人女性が自らの努力により切り拓いてきた活躍の場です。こうした場を荒廃させられぬよう守り、次の世代へ受け継いでいけるよう努力することこそが女性の権利を守ることにつながると、私どもは考えております。
(2016.02.28 女子現代メディア文化研究会 〜国連女子差別撤廃委員会、「日本における女性の権利」保障〜 議題「性的暴力を描写したビデオや漫画の販売の禁止」についての意見書)
〔漫画研究者の藤本由香里・明治大学教授〕
「日本では女性が主体となった性表現が、男性向けのそれと同じくらい発展していることが、他国とは大きく違う特徴だ。その中には当然、『性暴力』表現も含まれる。即ち、日本において『性暴力』表現を禁止することは、これまで営々と築かれてきた女性たちによるオールタナティブな性表現に対してもNOを突きつけることになるのだ。表現を『禁止』することによっては現実は変わらない。むしろ『性は危険でもありうる』ことを伝えることこそが現実を変えると信じて女性作家たちは表現してきた。その営為を止めてはならない。国連は、表現を問題にすれば、『現実の問題を解決する』ことをかえって阻害することを認識すべきだ」
(2016.03.16 BBC「国連が批判する日本の漫画の性表現 「風と木の詩」が扉を開けた」)


・関連
→ 赤枝恒雄議員は以前から問題発言の多い自己責任論者(過去発言まとめ)
→ ポーランドの「乱交ゲーム」というデマと日本の青少年厳罰論に共通する悪意
→ 野田聖子が中絶禁止と養子縁組制度拡大を主張
→ 赤枝医師の発言の信憑性
→ TVタックルで性感染症自己責任論
→ 青少年のセックスは法律で禁止しても減らない
→ 青少年セックス禁止条例にはまったく抑止効果がない

2011.06.19 Sunday

法輪功が捏造した「陰性エイズ」デマを夕刊フジが拡散

 病気ではないのに自分は重病だと思い込んで症状を訴え続ける心気症は、昔から世界中によくある心の病気(身体表現性障害)のひとつです。HIV検査を受けて感染してないことがわかっても「自分は感染してる」と思い込み続ける、いわゆるエイズノイローゼも心気症にあてはまることが多いようです。
 医者に病気ではないと診断されたのに「現代医学でもわからない奇病」などと思い込んでしまう場合は、心療内科・精神科で適切な診療を受け不安を取り除くべきなのですが、インチキ宗教やニセ医療のカモにされてしまう人もいるようです。
 医療や進化論を否定するカルト宗教団体「法輪功」の広報紙である「大紀元」が、数年前から「中国でエイズによく似た奇病」というデタラメな噂を広めていることはネットで話題になっていました。この噂については中国衛生省も自称患者たちの調査を行い「心理的な要因だ」という調査結果を今年の4月に発表しました。しかし、法輪功系メディアの大紀元や新唐人電視台はその報道を「未知のウイルス」「陰性エイズ」というデマにすりかえ、そのデマをなぜかチャンネル桜夕刊フジが日本で拡散しているようです。
 「夕刊フジが取材した」という2人の自称感染者の証言はまさに心の病気を疑われる内容で、奇病とは思えません。Aさんは「大学病院や総合病院、泌尿器科や性病科など30件ほど回ったが、原因は不明。心療内科にも行ったが『問題なし』」と証言していますが、たいした症状もないのに奇病だと思い込み仕事を辞めて異様な数の病院をまわってる人が心の病気を疑われないのは不自然です。この夕刊フジの取材ネタはチャンネル桜に出演してる坂東忠信という人のブログの5月の記事と酷似しているのですが、ブログ記事には「未知のウイルス」の元ネタが「大紀元」だということも明記されてます。さらにブログ記事ではこの自称感染者のできものはひどい症状ではなく「心療内科も3軒回った」とか「薬は効かないが健康食品が効く」と主張していることも書かれていますが、特定の健康食品だけが症状を軽減させるなんて宣伝する自称感染者たちの話は、半信半疑の読者もさすがにガセネタだと気付くでしょう。
 つまり夕刊フジの記者は「陰性エイズ」がどうしようもないガセネタだとわかってるはずなのに、元記事のヘタな嘘をごまかしたうえで、わざと「コンドームで防御できず?」なんて見出しで煽っているのです。
夕刊フジ2011年6月19日 中国を中心に、エイズに似た症状を訴えながら、検査では「陰性」と判定される患者が相次ぎ、「陰滋病」(陰性エイズ)として話題になっている。中国衛生省は「心理的な要因だ」としているが、新型肺炎SARSに立ち向かった中国の著名医師も研究を始めた。
(2011.06.18 夕刊フジ)
何百人という中国人が、自分がHIVに似た症状の新型疾患にかかったかもしれないと思う一方で、医師は、彼らの病気は身体的なものというより、むしろある精神的病状の結果ではないかと考えています。
(中国に広がる「HIV恐怖症」 BBCニュース 上海 クリス・ホッグ)
上記の症状一覧を見ての私の最初の印象は「あまりエイズに似ていない」。いわゆるエイズ(後天性免疫不全症候群)は、通常、HIVに感染してから数年間経ってから起こるため、「初期症状が主に性行為の後に出る」という点で決定的に異なる。強いて言えば、HIV感染後の急性期に起こる「HIV初感染症候群」に似てなくもない。HIV初感染症候群の臨床症状は伝染性単核球症に似ているとされている。伝染性単核球症の典型的な症状は発熱、咽頭痛、リンパ節腫脹である。通常の風邪と区別がつかないこともあるとされる。要するに、HIV感染だけに見られる急性期の特別な症状はない。何より、急性期の症状は、数日から数週間で治癒するのがほとんどである。感染を心配している日本人のブログによれば、少なくとも数ヶ月は症状が持続している。自然治癒する疾患であれば、怪病として恐れられたりしないだろう。
未知のウイルスによるものという可能性はどうだろうか。SARS(重症急性呼吸器症候群)流行のときに、中国政府の対応は、WHOへの報告が遅れるなどの問題点があった。今回の件でも、中国政府が情報を隠蔽しているかもしれないという懸念が、「注意喚起」を目的とした情報拡散の一因になっているようである。しかし、上記引用している記事の日付は2009年6月である。ほぼ1年前である。もし、「感染経路も極めて多様で、そのスピードの速さには広範囲の感染被害が憂慮される」ような未知のウイルスが存在するならば、1年間近くもWHOなどの公的機関が気付かないなんてことがありうるだろうか? WHOには、中国政府の情報隠蔽に協力する動機はない。唾液や汗などでも感染するような「感染力の強い未知のウイルス」が事実だとしたら、何らかの陰謀論でも持ち出さない限り説明できない。
(2010.05.24 エイズに似た怪病が中国で急速に拡散しているという話はたぶんガセ - NATROMの日記)
心気症は、身体症状または身体機能に対して重病にかかっているのではないかという恐怖や考えにとらわれてしまう障害で、内科や外科を受診し適切な医学的評価や説明を受けても、現代医学でもわからない奇病にかかっているなどといった考えが持続します。規則的な身体的診察が日常生活の障害を防ぐために有用です。
(主な疾患と症状 外苑メンタルクリニック)
Q95 エイズノイローゼとは何か
A HIVに感染したのではないかという不安に始終つきまとわれて、HIV抗体検査結果が陰性であっても、その不安が解消されない人の場合や検査結果が陽性になるのではないかと心配するあまり検査を受けずに悶々とし精神的に大変不安定になる人の場合等をさす。
 前者の場合には、性格的に神経症タイプの人がなる場合や強迫神経症等の神経症の場合、心因反応や精神分裂症のエイズ妄想の場合等が考えられる。これらの場合には、神経科や精神科等での専門的治療を要することが多い。
 後者の場合は、心配性の人がなることが多く、検査を受けて不安を解消するよう時間をかけてくり返し勧めることが望まれる。
(厚生労働省 エイズ相談マニュアル)

 おかしなデマが中国で広まるのは、中国政府の感染症政策と情報隠蔽体質への不信感があるからだとしても、日本のメディアまでこんなデマ拡散に加担しているのは残念です。
 法輪功は2008年にも「中国でエイズスイカ」という差別的なデマを拡散したことで知られています。現実にはもしHIV感染者の血液を注射した食べ物を出荷しても、食べた人がHIV感染する可能性はありません。このデマに類似したバカ設定の、HIV感染者の血液を牛乳に入れて飲ませるという日本の小説「告白」も、読者の誤解を招く描写だと批判されていました。
HIVの感染は、通常血液同士の接触か、性交渉以外では成立しません。勿論ウイルスを多量に含む血液を大量に飲めば、口の粘膜からウイルスが侵入する可能性はありますが、牛乳に混入した程度では感染成立の可能性は、殆ど存在しないでしょう。お母さんの母乳からお子さんに感染した事例はあるのですが、それは量が大量であることと、赤ちゃんの胃腸の免疫機能が、まだ未熟であるためと考えられます。
おまけにこのパートナーは、HIV感染症の治療中なのです。治療中の血液には、もうウイルスは殆どない筈です。従って、感染する可能性も更に低下するのです。
ここまで読んで頂ければ、この方法が実現可能性は殆どないのに、「HIV患者の血液は毒である」という、嫌な気分だけを残し、ある種の誤った病気への感覚を、助長する役割しか果たさないということが、お分かり頂けるのではないか、と思います。
(2009.04.23 「告白」の嘘(ネタばれ注意):六号通り診療所所長のブログ)
 中国当局の統計では、人口13億の中国で、少なくとも74万人のHIV感染者やエイズ患者が存在するが、実際は当局の数字より、さらに多いとみられる。
 こうした人びとは、長い間、偏見や差別にさらされてきた。だが、最近では政府が公にHIV感染の予防を呼びかけていることもあり、HIV感染者らを取り巻く状況は改善しつつある。
 しかし、ILOが18日に発表した報告書によると、中国の医療機関におけるHIV感染者差別はなくなっていない。その主要因は2つある。
 多くの総合病院では、HIV陽性者というだけで患者を自動的に感染症専門の病院に押し付けている。だが、専門医療機関が受け入れるのは、HIV/AIDS治療が目的の患者のみで、HIV/AIDSと直接の関係がない症状の治療は行っていない。
 さらに、中国の病院の多くは利益を優先するため、病院の経営者らが、HIV感染者を治療すれば、これを知った人びとが具合が悪くなった時に他の病院に行ってしまうと恐れていると、報告書は指摘している。
(2011.05.18 中国の病院で門前払いのHIV/AIDS患者たち、ILO報告書 AFPBB News)

・関連
→ デタラメなエイズ噂話をネタにした週刊誌の記事
→ HIV感染者への偏見を広める夜回り先生の被害妄想
→ 抗HIV治療に関するよくある誤解
→ エイズ偏見で韓国HIV感染者の死因の約3割が自殺

2011.03.18 Friday

自然災害と宗教を選挙に利用する石原都知事の「津波は天罰」発言

 知事引退を撤回した出馬会見で石原慎太郎知事が「津波は天罰」と被災者を中傷する宗教的発言をしたうえ、その後の会見で新聞記者から発言意図を確認されても撤回せず「日本に対する天罰だ」と重ねて主張したことが問題になり、宮城県知事から抗議を受けた石原都知事は発言の翌日にようやく謝罪しました。
 東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。積年にたまった日本人の心のあかをね。やっぱり天罰だと思う。被災者の方々はかわいそうですよ」と述べた。
 知事は一連の発言の前に、持論を展開して「日本人のアイデンティティーは我欲になっちゃった。アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなもんない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と語っていた。
 同日、この後に開いた都庁の記者会見で「天罰」の意味について「日本に対する天罰だ」と釈明。「大きな反省の一つのよすがになるんじゃないか。それしなかったら犠牲者たちは浮かばれない」と話した。天罰について発言した際、「『被災された人は非常に耳障りな言葉に聞こえるかもしれないが』と言葉を添えた」としたが、実際には話していなかった。
(2011.03.14 共同通信)
 東京都の石原慎太郎知事は15日、記者会見し、東日本大震災を「天罰」とした14日の発言について「撤回し、深くおわびします」と陳謝した。
 知事は「行政の長である私が使った『天罰』という言葉に、添える言葉が足りなかった。かつてない困難の中にある被災者の皆さまの失意と無念は拝察するにあまりある。同じ日本に住む者として、明日はわが身、わがことであると思う」と述べた。
(2011.03.15 共同通信)
 では、逆に考えて、石原慎太郎は「我欲を捨て、正しい治世を行なえば、災害は起こらない」と考えているのでしょうか? しかし、そう考えの人間が上に立てば、災害対策が蔑ろにされることは容易に想像がつきます。
 災害と一言で言っても、地震や津波といった自然由来の部分は人間の力ではどうにもならないとしても、備えや事後の対処といった人為由来の部分については、ちゃんとした対策をすれば、ひとりでも多くの人の命や財産を救うことができます。今回の地震と津波は確かに大きな被害を発生させました。報道などでは為す術が無かったかのように報じられていますが、それでも堤防や物資などの備えや、その後の人々の行動が、被害から人々を守ったという側面もあるはずです。
 本来であれば、現在地震の影響を受けている東京都の知事である石原慎太郎が行なうべきは、まず第一に都民の混乱や不安に対する対処、第二に東京の災害対策に対する評価と新たな対策なのですが、石原はそうしたことを飛び越えて、自ら「天罰という宗教的道徳観」に逃げ込み、現実の被害を腐したのです。
(2011.03.16 赤木智弘の眼光紙背)

 「津波は天罰」と発言する3日前の、11日の地震直後の緊急会見では石原都知事は「(東京が)今程度の損壊で済むようなら、他県に比べてありがたい」と、被災者に対して他人事という意識が感じられる発言もしていました。
 また石原都知事は10年前からテレビなどでたびたび「東京湾に造ったっていいくらい日本の原発は安全」と主張していました。しかし現実には、津波による被害を受けた福島原発は以前から「津波が発生した際には機器冷却海水の取水が出来なくなる」と指摘されていたのに、東京電力は津波対策も機器点検も怠っていたのです。

 自然災害の被害に対して「天罰」という言葉を使うことじたい被災者を中傷した問題発言ですが、謝罪会見で石原都知事は「添える言葉が足りなかった」と釈明し「天罰」の存在は否定しませんでした。
 ネット上などでこの石原発言を擁護してる人たちは、発言の前後の文脈では被災者に配慮しているので中傷する意図はないなどと弁明しています。
 しかし、この中傷発言の前後の文脈が噛みあわないのは、石原都知事が「天罰」が実在するという前提で語っているからでしょう。今回の謝罪会見で石原都知事が「天罰」の存在を否定しないのは、被災者への謝罪より石原の選挙を支える宗教団体への配慮を優先しているように見えます。この時期の出馬会見でわざわざ「津波は天罰」という露骨な宗教的発言を行ったのは、これまで石原都知事が「同性愛者は遺伝とかのせい」「変態はDNAが狂ってる」など非科学的な差別発言を繰り返してきたことの延長で、信仰心を示して宗教団体の支持を固めることが目的なのでしょう。討論会も延期され、通常の選挙活動すら自粛されかねない今回の都知事選では、これまで以上に宗教団体の影響力は大きいかもしれません。
 石原慎太郎自身は霊友会の信者で「法華経に生きる」という著書もありますが、それだけではなく慎太郎は崇教真光の教祖を自宅にも招くほど親密で対談本もあり、今回知事引退する意向だった石原慎太郎に出馬を説得した息子の石原伸晃は崇教真光の信者として大祭に出席しています。また、石原親子は個人的に信仰する団体だけでなく複数の宗教団体と関係して選挙協力を受けていることは週刊誌の選挙取材でも指摘されていて、2009年当時全選挙区に候補を擁立していた幸福実現党石原宏高の選挙区では対立候補の出馬をとりやめたり、立正佼成会の拠点である石原伸晃の選挙区で民主党が対立候補を擁立しなかったなど、宗教団体を対立候補の出馬調整にも利用しているようにも見えます。そして今回の都知事選では石原慎太郎は、かつて統一教会の大会に祝電を送っていた松沢成文神奈川県知事を出馬辞退させるかわりに副知事に起用するのだそうです。
石原知事は4選を果たした場合に、松沢氏を副知事など重要ポストで起用する考えを示唆した。
(2011.03.14 時事通信)
 宗教団体などを支持母体とする候補者が、差別的発言を繰り返すことで選挙の争点をずらし、宗教保守層の支持を固める手法は、アメリカなど海外の選挙でもよく使われています。しかし、キリスト教原理主義の人口が多いアメリカ南部と違い、東京都は宗教信者の票だけでは知事選には当選できないはずです。知らないうちに宗教団体の扇動にのせられてしまう人が多いのでしょうか。
(→ 差別発言をくりかえす石原都知事に媚びる週刊誌)

 奈良・平安時代の日本では「天譴(天罰)」という迷信の意味は、儒教の「為政者に対する天の譴責」という思想に基づいていました。ところが、大正の関東大震災の後に内村鑑三などのキリスト教信者などが流行させた「震災は堕落した国民への警告」という狂った言説が、公職者などにとって都合がいいものだったため、日本でも「天譴」という迷信は自業自得という意味にすりかえられ、当時の道徳教育は儒教主義だったのに、震災の後は中学校の「修身」の授業でも被災者の生徒たちに「地震は人々の贅沢を戒める天罰」と教えていたといいます。
 当時の天譴論に対する反論は、実業家の渋沢栄一に反論した芥川龍之介の『大正12年9月1日の大震に際して』にも書かれています。
『日本震災史』によれぱ,「天譴」の思想はもともと儒教主義に基づくものであり、奈良・平安の王朝時代に既にこの「天譴」ということばが用いられているということである。このことばの本来の意味は,「為政者に対する天の譴責」ということだとされているのだが,大正時代に再びよみがえったこの天譴の思想は、少々異なったニュアンスをもって登場してきている。
(1982 仲田誠 『災害と日本人』)
 同胞よ。面皮を厚くせよ。「カンニング」を見つけられし中学生の如く、天譴なりなどと信ずること勿れ。僕のこの言を倣す所以は、渋沢子爵の一言より、滔滔と何でもしやべり得る僕の才力を示さんが為なり。されどかならずしもその為のみにはあらず。同胞よ。冷淡なる自然の前に、アダム以来の人間を樹立せよ。否定的精神の奴隷となること勿れ。
(1923 芥川龍之介 『大正十二年九月一日の大震に際して』)
もし先生の説明を受け容れるならば、このクラスで私だけが天物暴殄の罪を犯して、私だけが天譴を受けたことになるのではないか。私のことなど、どうでもよい。貧しい、汚い、臭い場末の人々、天物暴殄に最も縁の遠い人々、その人々の上に最も厳しい天譴が下されたことになるのではないか。私は、先生の説明が一段落つくのも待たずに、右のような趣旨の質問をした。先生が何とお答えになったかは覚えていない。何とお答えになったとしても、私は「天譴」および「天物暴殄」という概念を受け容れることは出来なかった。
(1975 清水幾太郎 『わが人生の断片』)

 地震の後はさまざまな宗教団体の施設が帰宅難民の一時避難所などに役立っていたという話もあります。しかし、もし被災者に対して「地震は天罰だ」と罵るような宗教団体があったら、人助けをしても偽善にしか見えず感謝されないでしょう。
 同様に「地震は天罰」と主張した人物をまた都知事に選ぶなら、いくら被災地を支援しても、東京都民はインチキ宗教の信者のような人たちだと思われるかもしれません。

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